再び浜島の声が熱くなる。
「あのような、低俗で粗野で、ふしだらな職に身を落した母親に育てられた生徒など、他の生徒に悪影響です。在籍させておく価値もない」
最後はほとんど吐き捨てるかのような言い草。
「唐渓は、まさにあのような存在から未来ある有能な子供達を護り、育んでいく為の場所であるはずだ。理事長もそうおっしゃった」
「確かに理事長は、有能な子供達の育成という考え方には賛同されています。ですから」
そこで似内は口元を緩める。
「ですからこそ、大迫美鶴という生徒も、当校の生徒として認められているのではありませんか?」
浜島はグッと唇を噛む。
常に成績を学年トップで維持しているがゆえ、大迫美鶴を追い込むことができない。
「品格とおっしゃるなら、学業成績も学校の品格を支える重要な要素の一つだと思います。その点においては、大迫美鶴という生徒もまた、唐渓の品格を保つための重要な存在と言えます」
似内の言葉に反論の余地はない。生徒の出す成績が学校の存在にどれほどの影響を及ぼしているか、その重要性は浜島も理解している。唐渓の対外的な価値を評価するのにもっともわかりやすい要素だと言っても過言ではない。
唐渓の対外的な価値。これは非常に重要だ。
唐渓の生徒たちが、唐渓という世界の外でも十分に通用する存在だと示さなければ、他の、たとえば大迫美鶴のような人間たちを唐渓出身の人間に従わせる事はできない。
付属大学の設立を希望する父兄の意見を受け入れないのもその為だ。
唐渓で育てられた生徒は、一般社会でも十分に通用する。それを証明する一つの手立てとして、国立大学や名の通った有名私立大学への受験と合格はかなり有効な手段だ。手段であり、唐渓の、それこそ品格を保つための一要因ともなっている。
唐渓の生徒たちは、唐渓という世界を卒業したその先で、他の存在の上に立ち、この乱れきった世の中をまとめていかなければいけない。
唐渓に通う生徒とはそうでなければいけないのに――――
「大迫美鶴という生徒は、今の唐渓高校二学年の成績を、全国レベルでかなり上位に引き上げてくれています。少なくとも、相応しくない生徒だとは断言できませんね」
夏前の校内模試で英語の成績を落し、これは好機かとほくそ笑んだが、夏休み中に実施された大手学習塾主催の全国統一模試ではしっかり挽回していた。
「それに、なにもそこまで、目の敵になさることもないでしょう?」
腰に手を当てる。真っ赤なスカートが大きく揺れる。
「浜島先生のお気持ちもわかりますが、廃する事だけに智恵を絞ろうとなさるのは、あまり賢明とは思えませんわ。それに彼女は、校内では少し孤立しているようですね。むしろあのような事件が再発しないよう、お心を砕くべきだとも思うのですが」
あのような事件。
浜島はほんの少しだけ、瞳を細める。
同級生の苛めを苦に自殺した少女の事件。
「それこそ、唐渓の品格が落ちかねない事態でしたわ。理事長もずいぶんと苦慮しましたのよ。浜島先生は、あの生徒がずいぶんと追い込まれていたのを、ご存知でしたのよね?」
「あの生徒も、唐渓には相応しくなかった」
それは呟くような声。
「そもそも唐渓などに通う価値のない生徒でした」
つい先ほど美鶴へ向けたのとまったく同じ評価を、もうこの世にはいない存在へ向ける。それはまるで、苛められ自殺した生徒こそが問題だと言わんばかり。
いや、浜島はハッキリとそう思っている。
織笠鈴などという、これまた下層庶民ごときが唐渓などに入り込むから、校内に混乱が生じるのだ。彼女の存在が他の生徒に苛めを促したのだ。問題を引き起こしたのは、彼女の存在そのものなのだ。
唐渓に通う生徒ならば、苛めごときで自殺などはしない。品格高い、心根の強い生徒ならば、そのような問題は起こさないはずだ。はずだし、そのような強い若者を育てるのも、また唐渓の一つの使命でもある。浜島はそう考える。
彼女の存在こそが、間違いだったのだ。だから下品な下層人間は困る。
怒りに震えそうになる両手を腰の後ろにまわし、浜島は冷静を装って口を開いた。
「大迫美鶴を通わせ続ければ、また同じような問題が起こるかもしれませんよ。今回の傷害事件、退学処分でも重くはないはずです」
緩を殴った美鶴の処分。浜島は一度退学を提言したが、それは理事長側から却下された。
「事が度重なれば理事長も考えます。今は謹慎処分でご納得ください」
これ以上は無理だろうな。
浜島は大きく息を吸い、呼吸を整える。
その姿に、似内はそっと笑う。
本当に、男の人って子供みたい。己の信念が絡むと我を忘れてムキになっちゃっうんだから。
そう、浜島にはそれなりの信念がある。大迫美鶴の存在を許すことのできない、確固たる信念が。
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